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2017/02/24

モンク考 (2) モダン・ジャズ株式会社

1940年代半ばのビバップに始まるモダン・ジャズの歴史は、その盛衰においてアメリカという国の歴史と見事にシンクロしている。そしてそのビバップは、チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーが創造したというジャズ史の通説への反証が、自身の評価の低さを嘆くモンクの心情を取り上げた本書中で幾度も繰り返されている。ビバップ時代に、その音楽の真の創始者は常に時代の先を行くモンクである、とブルーノート・レーベルが主導したモンク再評価キャンペーンが不発に終わった後、キャバレーカードの没収という不運も重なり、1957年夏のジョン・コルトレーンとの「ファイブ・スポット」出演に至るまで、およそ10年にわたってモンクは不遇なミュージシャン生活を余儀なくされた。

bird and diz
Charie Parker, Dizzy Gillespie
1949/50 Verve
「自由」を別の言い方で表せば、モンクの音楽の本質とは「反システム」であったとも言えるだろう。ガレスピーとパーカーが創造したと言われ、その後モダン・ジャズの本流となるコード進行に基づく「即興演奏のシステム化」の対極にあったのが、「個人の想像力と独創性」に依存し、コードの約束事による束縛を嫌い、即興の即時性、自由なリズム、そしてメロディを愛し続けたモンクの音楽である。システムとは、多数の人間が吸収し取り入れることのできる汎用性を備えたものであり、習得効率と商業性の高さという近代世界、特にアメリカにおける市場原理に適合した合理性が求められるものだ。むしろ、アメリカという国家とその文化を実際に形成してきたのはそうしたシステム的思考である。それに対し、個人の創造力とは代替のきかないものであり、コピーのできないものであり、誰もが手に入れることができるわけではない、非合理的、非効率なものである。この独創的個人と汎用システムという対置は、芸術の世界であれ、実業の世界であれ、少数の天才や独創的人物が創り出したものが、多数の普通の人々によって徐々に理解され、咀嚼され、コピーされ、大衆化してゆく、という人間社会に共通の普遍的構造を表しているとも言える。半世紀前と現代との違いは、その拡散速度の圧倒的な差だけだ。(コピー全盛の現代にあっては、もはやどれがオリジナルなのか見分けがつかないほどだが)。

Genius of Modern Music Vol.1
1947 Blue Note
この本の中で語られる、「モンクはものを作る人間で、それを売り出したのはガレスピーだった」という「ミントンズ・プレイハウス」の店主だったテディ・ヒルの譬えを敷衍して、ビバップ創生の物語におけるモンク、ガレスピー、パーカー3人の役割を、現代の企業組織風に「モダン・ジャズ株式会社」として置き換えてみればわかりやすい。内部にひきこもって集中するモンクは、試行錯誤を繰り返してゼロから新しいモノやアイデアを生み出す「研究開発部門」であり、進取の気性があったガレスピーは、できた試作品を市場に広く効果的に知らしめ、出てきた顧客の要望を素早く察知して、それを改善する過程をシステム化してゆく「マーケティング部門」であり、圧倒的演奏能力を持ったパーカーは、製品やアイデアを先頭に立って顧客にわかりやすく、魅力的にプレゼンして売り歩く「営業部門」だったとでも言えるだろう。モンクが、自身の独創性と貢献に対する認証の低さと、(キャバレーカード問題による露出の少なさも理由となって)市場という前線に近い場所にいたガレスピーとパーカーが脚光を浴び、その二人だけが富と名声を得たという不運を何度も嘆くのも、こうして見ると、企業組織の持つ構造と役割、各部門で働く人たち個人の能力や深層心理と重なるものがあるようにも思える。

そう考えると、創業者たちの一世代後のリーダーだったマイルス・デイヴィス(モンクより9歳年下)は、こうしてでき上った会社の基盤の上に、新たな発想でクール、ハードバップ、モード、エレクトリックなどのジャズ新事業を次々に立ち上げていった「新事業開発部門」である。そして創業者の一人モンクが持っていた、ジャズの枠組みを突き破ろうとする本来の「自由な精神(前衛)」に立ち返り、スピンアウトして別会社である「反システム事業」に再挑戦したのがセシル・テイラーやオーネット・コールマン、さらに後期のジョン・コルトレーンに代表されるフリー・ジャズのミュージシャンたちだった、と言えるかも知れない。そしてアメリカ経済と社会の変化と軌を一にした、1940年代から70年代にかけての「モダン・ジャズ株式会社」の創業から繁栄、衰退に至る約30年の歴史も、まるで会社の寿命を見ているかのようである。そしてジャズマンとしては比較的長生きだったモンクは(1976年引退、1982年64歳で没)、まさにその会社と同じ人生を生き、運命を共にしている。もちろん、音楽の世界をこれほど単純に図式化できないことは言うまでもないのだが、本書のような物語は、巨人と言われるような天才ジャズ音楽家が送った人生にも、才能だけではない、いつの時代の、どんな人間にも共通する宿命的な何かがあったのかも知れない、と凡人が想像を巡らす楽しみを与えてくれるのだ。