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2017/02/17

リー・コニッツ ジャズ・インプロヴァイザーの軌跡

今更ですがブログを始めます。
第1稿はリー・コニッツに関する表題自著PRです。

リー・コニッツ  ジャズ・インプロヴァイザーの軌跡」(アンディ・ハミルトン著 2007 ミシガン大学出版局)という翻訳書を、DUBOOKS様より2015年10月に出版しました。私は「本書の翻訳者」ではありますが、同時に「原著の一読者」でもあります。原著の内容に感動したあまり、翻訳者としての経験がまったくないにもかかわらず、無謀にも、いわばボランティアで邦訳版を出版したいきさつがあります(DUBOOKS様の英断に感謝しています)。おそらく普通なら日本では日の目を見ることはなかった本書ですが、幸いなことに、出版後特にミュージシャンの方々から好意的な書評をいただいています。ジャズファンにとってさえあまり人気があるとは言えないコニッツが主人公で、内容もいささか敷居が高そうで、しかも大部のこの本の面白さをもっと多くの人たちに知っていただくには、多少の導入情報が必要ではないかと思い、ここで「原著の読者」としての立場で、ご参考までに本書について以下にレビューさせていただきます。この本は約5年という歳月をかけた対談形式による一種の自伝ですが、その美点は以下の3点です。

まず第1に、読み物として非常に面白いことです(邦訳がどこまでその面白さを伝えているか、自信はありませんが)。対話の中身は時に真面目、時におかしく、長い本ですが読者を飽きさせません。トリスターノ派の固いイメージはまったくなく、リー・コニッツの真面目ではあるけれど、飄々とした性格(たぶん)がよく出ています。時に他のミュージシャンの批判もしていますが、持ち前の人間性から、常にリスペクトを忘れず、また自らの信念、ジャズに対する愛情が根底に感じられるので、まったく嫌味がありません。

第2に、日本でこのようなジャズ本が出版されたことは未だかつてない、ということです(過去何十冊ものジャズ本を読んできた私がそう思うのですから間違いありません)。ジャズの歴史書でも、レコード紹介でも、個人の感想文でも、ジャズの聴き方の類でも、ジャズ理論や楽器の奏法教授でも、自伝と言う名の自慢話でも、未確認情報や逸話を寄せ集めた伝記の類でもありません。レニー・トリスターノやチャーリー・パーカーと同時代を生きた存命のジャズ巨匠が(今年10月で90歳です)、どのような思想でジャズという音楽に取り組み、即興演奏の本質とは何かを追求し続け、人生を賭して求めてきたものは何なのか、そうした奥の深い問題を、なんの脚色もなく淡々と、かつ明快に自分の言葉で語っています。そして哲学の徒、イギリス人のアンディ・ハミルトンが鋭く、しかしわかりやすい言葉で対話することによって、上手にコニッツの考えを引き出しています。併載されている39人のジャズ・ミュージシャン他によるコニッツを語るコメントも、それぞれ実に面白く興味深いです。そこからジャズの歴史も、ミュージシャンたちの思想も、ジャズ即興演奏の本質も浮かび上がって来ます。おそらく、このようなジャズの世界を日本人が書くのは残念ながら難しいでしょう。

第3に、皮肉にもアーティストという言葉がはびこってから「芸術」という言葉も死語になったような時代にあって、一貫して「芸術としてのジャズを追求する」というコニッツ独自の視点で書かれた本であるということです。だからと言って決して小難しい内容ではありません。ショービジネスと芸術、というコインの表裏のような関係は、他のポピュラー音楽にはない20世紀に生まれたジャズという音楽の持つ宿命です。あらゆるジャズ演奏家がこの問題と格闘してきたのだと思います。本書で語るコニッツの話は、純粋にこの音楽を突き詰めるとどうなるのか、という思想と生き方を示す一例です。それはジャズ創生期から今日まで、70年以上にわたってジャズ・ミュージシャンとして生き抜いてきた人物だからこそ語れる話です。

おそらく、本書にいちばん触発されるのは、ジャズに限らず「音楽の演奏」を志している人たちではないかと思いますが(事実そのような反応が多いです)、聴く人、それもジャズファンだけでなく、音楽を愛する人なら何かを感じ取れる言葉が全編に散りばめられています。むしろ、これまで何となくジャズや即興演奏というもののイメージを掴みかねてきた人が読んだら、目からうろこの話として聞ける部分がとても多いと思います。米国における黒人やユダヤ人という出自の問題、すなわちジャズとアイデンティティの関係などは、音楽が消費材のようになってしまった現代においても、「音楽を演る」、「音楽を聴く」ことの意味を根底から問い直したくなるほどです。

ちなみにジャズ好きな村上春樹氏が、この本の原著(Lee Konitz: Conversations on the Improviser’s Art)2007年に米国で出版された後、2011年に小澤征爾氏との対談本を出版しています(「小沢征爾さんと、音楽について話をする」)。ジャズがクラシック音楽に置き換えられていますが、対談によるスタイル、コンセプト、タイトルともに本書に触発されて書いたことは間違いないでしょう。ジャンルは違いますが、両書の対話で語られていることを比較してみるのも一興だと思います。