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2017/06/12

リー・コニッツを聴く #6:1970年代以降

Lee Konitz」を翻訳する前に私が聴いていたコニッツのレコードは1960年代までで、70年代以降のレコードははっきり言って聞いたことがなかった。70年代以降コニッツは大量にレコーディングしていたが、日本ではこれまであまり紹介されていなかったこともある。だが、本文のインタビュー中で触れている録音記録をフォローするために、かなりの数のレコードを初めて聴いてみた。その中で印象に残ったレコードを何枚か挙げてみたい。

Jazz á Juan
1974 SteepleChase
Jazz á Juan」は、1974年フランスのアンティーブ・ジャズ祭におけるリー・コニッツ・カルテットのライヴ録音(Steeple Chase)である(メンバーは、マーシャル・ソラール-p、ニールス・ペデルセン-b、ダニエル・ユメール-ds)。アルジェリア系フランス人のソラールはフランスを代表する高い技術を持ったピアニストだが、コニッツとは同年齢(1927年生まれ)で、ソラールによれば1950年代初めのスタン・ケントン楽団訪欧の際に、パリのクラブ・サンジェルマンで行われたジャム・セッションに当時ハウス・ピアニストだったソラールが参加したのがコニッツとの最初の共演だったという。その後1968年に前記「European Episode」と「Impressive Roma」(Campi)で二人は初めて共演レコーディングを行なった。「Motion」(1961)や「Duets」(1967)での空間をたっぷりと使った演奏を聞くと、ソラールというフランス流の華麗で饒舌なピアニストと一体うまく行くのかと思えそうだが、これが意外にも相性が良かったようで、上記アルバムやこのライヴ演奏を含めて、その後二人は何度か共演し、またミュージシャンとして長い付き合いを続けることになった。ソラールのみならずベースのペデルセンも饒舌な人だと思うが、ソロ空間以上に、ここはコニッツ流の相手からの反応と対話を楽しむ、という点で彼の好みに合ったのだろう。当時のジャズ復活という気運もあって、またライヴということもあり、ここでのコニッツはフリーの度合も難解さ加減も適度で、しばらくなかったような自由と躍動感あふれる(コニッツ的に)演奏が続く。これをサポートするダニエル・ユメールの反応の速いめりはりのあるドラムスも非常にいい。コニッツのオリジナル1曲の他はスタンダードの有名曲が5曲だが、いつもほどは解体していないので少なくともテーマ部分はわかる(ピアノのせいもあるが)。この時代の他の録音を全部聴いたわけではないが、コニッツが10重奏団に挑戦した「リー・コニッツ・ノネット」と並んで、このレコードは70年代コニッツを代表する1作と言えるだろう。

The New York Album
1987 Soul Note
80年代に入るとコニッツはピアニスト、ハロルド・ダンコと組んで正式なグループではないが双頭カルテットで演奏しつつ、実質的なリーダーとしてヨーロッパや日本へのツアーを含めて活動を続けていた。比較的短期間の活動ではあったが、「The New York Album (1987 Soul Note)は、「Ideal Scene」(1986同)と並んで、そのカルテット時代に録音した80年代を代表する1作だろう。リズム・セクションは何人か入れ換わっていたが、このCDではマーク・ジョンソン(b)、アダム・ナスバウム(ds) が共演している。このアルバムは、演奏からみなぎるカルテットの一体感と解放感、ジャズ的グルヴ、選曲、メロディアスな表現など、すべてにおいて優れていて、私的にはコニッツの80年代のベスト・アルバムだと思う。こういう高い完成度を持った自身のカルテットとしての演奏は、傾向は違うが50年代半ばのStoryville時代以来と言える。スタンダード2曲、コニッツのオリジナル2曲の他、<Candlelight Shadows>(ダンコ作)、<Everybody’s Song but My Own>(ケニー・ウィーラー作)、<September Waltz>(フランク・ウンシュ作)、という3曲のコニッツの盟友ミュージシャンのオリジナル曲との選曲バランスが良く、またどの曲もメロディが非常に美しいのが特徴だ。何よりコニッツも、ダンコを始めとするリズム・セクションも、時にハードに、時にソフトに全体として実に伸び伸びと演奏しているところがいい。したがってコニッツのアブストラクト度もいつもより低く、リズムもシンプルで、メロディを素直にリリカルに歌わせているので非常にわかりやすい。おそらくメロディアスで伸びやかな演奏というこのアルバムの延長ラインで、90年代のペギー・スターン(p)と組んだハッピーなブラジリアン・バンドへと向かったのだろう。

Thingin'
1995 Hatology
1990年代のコニッツは、50年代に続く生涯2度目のピークとも言える充実した時期を迎えており、ハードで抽象的な表現から益々リリカルでメロディックな演奏に変貌しつつあった。「シンギンThingin’」は、リー・コニッツ(as)、ドン・フリードマン(p)、アッティラ・ゾラー(g) のトリオによるスイス・タルウィルでのクラブ・ライヴ録音だ(1995 Hatology)。ハンガリー生まれのギタリスト、アッティラ・ゾラーに50年代末にアメリカ移住を勧めたのがコニッツであり、その後ゾラーはフリードマンと共にフリー・ジャズを指向し、60年代後半にはコニッツも加わり三者で共演している。したがって、このアルバムは言わば旧知のベテラン同士の邂逅である。場所がスイスで、かつクラブ・ライヴということもあるのか、リラックスした3者の静かで緻密なインタープレイが実に楽しくまた美しい。録音も素晴らしく、アルトサックス、ピアノ、ギターそれぞれの音色、さらにそれらが混じり合い空間に響き渡る様子が見事に捉えられている。コニッツ作 <Thingin’>(<All The Things You Are>が原曲のライン)で軽やかに始まり、ゾラー、フリードマンの各ソロ曲を含め全7曲で、いずれもスローないしミディアム・テンポのオリジナル中心の構成だ。わかりやすくメロディックなコニッツのアルト、相変わらず透明感あふれる響きが美しいフリードマンのピアノ、無駄がそぎ落とされたタイトでクリーンなゾラーのギター、という3つの楽器が微妙に溶け合い、互いに反応し合う会話の流れが素晴らしい。3人ともにフリーの経験を経ていて、またレニー・トリスターノからの影響もあり、陳腐なジャズとは無縁のサウンドを求めている点で互いの音楽的資質と感性が近いのだろう。特に、フリードマンとコニッツは、この時期日本で共演したカルテットのライヴ録音(1992 カメラータ)もそうだが、おそらくリズムと空間の使い方、求めるサウンドの美に共通するものがあって、互いにストレスなく自由に会話できる非常に相性の良い相手だと思う。録音時点で60歳を超えるベテラン3者の美しいインタープレイが紡ぎ出す音空間に、ひたすら耳を傾け心地良さに浸れる秀作である。

Parallels
with Mark Turner
2000 Chesky Records
もう1枚は、200012月リー・コニッツ73歳の時に、Chesky Recordsによってニューヨーク市チェルシーにあるSt. Peter’s教会でSACD/CD Hybrid録音されたアルバム「パラレルズ Parallels」だ。全8曲の内、コニッツが当時から高く評価していたギタリスト、ピーター・バーンスタインとのカルテット演奏に加え、マーク・ターナー(ts)4曲でゲスト参加したクインテットによる演奏が収められている。リズム・セクションはスティーヴ・ギルモア(b)とビル・グッドウィン(ds)。スタンダード2曲の他は、コニッツのオリジナル曲4曲(Subconscious-Lee、Palo Alto他)、トリスターノ作が1曲(317 East 32nd)、コニッツ・ターナー共作(Eyes)が1曲という構成。Cheskyの音はナチュラル過ぎてジャズの録音には向かない気がする時もあるが、コニッツのアルトサックスの微妙な音色を味わうには非常に適している。コニッツの録音としては、1992年の日本でのカメラータによるライヴ録音以来のナチュラルさだ。コニッツのアルトサウンドはアコースティックな良い録音でないと、特に晩年になって本人が常に意図している微妙なサウンド・テクスチュアの変化が捉えきれない。サウンドにしまりがなくなったとか色々言われていたが、今さら半世紀以上前のトリスターノ時代と比べられても迷惑だろうし、年齢を考えたらそれは当たり前のことで、むしろ本人はまったく違う美意識でその時期の自分のリアルなサウンドを常に再構築しようとしているのだ。本アルバムの聴きどころは、やはりマーク・ターナーとの共演だ。ターナーはトリスターノ派、とりわけウォーン・マーシュから受けた影響を広言してきた人だが、特にトリスターノの<317 East 32nd>やコニッツの<Subconscious-Lee>に聞けるコニッツとのユニゾン・プレイなどを聞くと、息もぴったりでまさにコニッツ&マーシュの往年の演奏を、時代を超えて見事に再現しているかのようで楽しい。ピーター・バーンスタインのギターは、あのビリー・バウアーに比べるとずっとオーソドックスで、バランスのとれた現代的なサウンドだ(当たり前だが)。録音のナチュラルさもあって、色々な意味で、特に往年の演奏を聞いてきた人たちにとっては、近年のコニッツの作品の中では最も楽しめるアルバムだろう。

2017/06/10

リー・コニッツを聴く #5:1960年代後期

Charlie Parker
10th Memorial Concert
1965 Limelight
「チャーリー・パーカー10thメモリアル・コンサート」(Limelight) は、1965年の327日にカーネギーホールで行われたチャーリー・パーカー没後10年の追悼記念コンサート・ライヴである。ディジー・ガレスピー、ジェイムズ・ムーディ、ケニー・バロン等によるクインテットの演奏、ロイ・エルドリッジ、コールマン・ホーキンズ等のスイング派セッション、デイヴ・ランバートのスキャット、リー・コニッツの無伴奏アルト・ソロ、最後にガレスピー、コニッツにJ.J.ジョンソン、ケニー・ドーハム、ハワード・マギー等も加わったジャム・セッションという構成だ。ソニー・ロリンズとソニー・スティットも登場したようだが、契約の関係でこのCDには収録されていないそうである。パーカー追悼記念にエルドリッジやホーキンズが何でいるの、ということもあるし、選曲もとりたててパーカーゆかりの、というわけでもない。1965年という時代を考えると、ガレスピーが中心になってスウィング、ビバップ時代のメンバーが集まって旧交を温める、といった趣もあったのだろう。それにしてはそこにリー・コニッツがなぜ、という疑問もあるが、私がこのCDを買ったのは、そのコニッツのアルト・ソロによるブルース<Blues for Bird>を聴くためだった。

エルヴィン・ジョーンズとのピアノレス・トリオ「Motion」(1961)、デュオのみの「Duets」(1967)のちょうど中間にこのソロ演奏がある。ネットでコニッツの昔のビデオ映像を見ると、いつも舞台でジョークを飛ばしていて、結構笑いを取っている(ただしアメリカ風の大笑いではなく、イギリス風のくすくす笑い系だが)。トリスターノ派の音楽から来る堅苦しい印象や人物像を想像していると肩透かしを食うが、この会場でも演奏の前にキリストとパーカーをひっかけた軽いジョークをかましてからスタートしている。1960年代はジャズが拡散して、自分の立ち位置を見失うミュージシャンが多かっただろうが、コニッツにとっても「内省」の時代だったと言える。そういう意味では無伴奏アルト・ソロというのは究極のフォームだろう
。また「リー・コニッツ」で述べているように、ブルースは黒人のものであり、ブルーノートの使用も含めて白人の自分たちに真のブルースは演奏できない、というのがトリスターノ派の思想だった。12小節のジャズ・フォームとして、ブルーノートのコンセプトには依らずに、どこまで音楽的に意味のある演奏ができるか、というのがトリスターノやコニッツの姿勢だった。レニー・トリスターノは「鬼才トリスターノ」(1955)で、<Requiem> というソロ・ピアノ(多重録音)による美しいブルースで、亡くなったパーカーへの弔辞を述べたが、おそらくその師にならって、コニッツはここで同じくソロのブルース <Blues for Bird> に挑戦したのだろう。理由は、パーカーだけがブルースの真髄を捉えていたと彼らは考えていたからだ。チャーリー・パーカーの音楽に本当に敬意を表していたのは、パーカーのエピゴーネンたちではなく、実は当時まったく違う音楽をやっていると思われていたトリスターノとコニッツだったのではないだろうか。

The Lee Konitz Duets
1967 Milestone
リー・コニッツが1960年代にリリースした記憶すべきアルバムの1枚が「Duets」(1967 Milestone)だ。コード楽器によるソロ空間の制約を嫌ったコニッツは、「Motion」の延長線上で更なる空間を求めて11のデュオによってインプロヴィゼーションの可能性をさらに探求しようした。このアルバムは自らリストアップした共演者に声を掛け、承諾した9人のプレイヤーが1日集まって交代で演奏し、わずか5時間で一気に完成させたものだという。1960年代後半という時代背景もあって、コニッツ的にはフリー指向が一番強かった時期と思われる。コニッツのアルトとテナーサックス(一部電気アルト)に対し、テナーサックス(ジョー・ヘンダーソン、リッチー・カミューカ))、ピアノ(ディック・カッツ)、ヴィヴラフォン(カール・ベルガー)、ベース(エディ・ゴメス)、ギター(ジム・ホール)、ヴァイオリン(レイ・ナンス)、ヴァルブ・トロンボーン(マーシャル・ブラウン)、ドラムス(エルヴィン・ジョーンズ)という9人のプレイヤーが対峙して、緊張感のあるアブストラクトなデュオ演奏を繰り広げている(一部コンボ含)。全8曲の内、スタンダード、オリジナル曲の他、ガンサー・シュラーがライナーノーツに記しているように、ルイ・アームストロングやレスター・ヤングへのトリビュートと思われる曲やテーマも取り上げられており、フリー・コンセプションによってジャズの伝統を解釈しようと試みた部分もある。コニッツはどういうフォームで演奏しても、共演相手を「聴く」ことと、楽器間の「対話」に強烈な信念を持った人であり、そういう意味でこのデュオ・アルバムは、その姿勢が最も典型的に表れたものと言えるだろう。この時代の空気が濃厚に感じられる作品だが、コードやリズムからは自由になっても、美しいメロディに対するコニッツの執着から、アブストラクト寄りと言えども、他のフリー・ジャズ作品とは違う独自の音世界をこのアルバムから聴き取ることができる。

European Episode
Impressive Rome
1968 CamJazz
この時代の作品をもう1枚挙げるとすれば、1968年にイタリアで行われたボローニャ・ジャズ・フェスティヴァルに参加していたコニッツを招聘して録音された、カルテットによる2枚のLP「European Episode」と「Impressive Rome」(Campi) をカップリングした同名の2枚組CD(CamJazz)である。コニッツの希望で集められたリズム・セクションのメンバーは、マーシャル・ソラール(p)、アンリ・テキシェ(ds) というフランス人、それにスイス人ドラマーのダニエル・ユメール(ds)だ。ソラールとユメールはコンビで数多く共演しており、アンリ・テキシェはこの当時23歳で、ソラール、ユメールとフランスで活動しており、ユメールと共にこの年にフィル・ウッズを迎えてヨーロッピアン・リズム・マシーンを結成している。コニッツにとって60年代は苦難の時代だったが、「デュエッツ」に見られるように、当時のいわゆるフリー・ジャズとは異なる内省的なアブストラクトの世界を追求していた。コード楽器を排除してできるだけ大きなインプロヴィゼーションのスペースを求めてきたコニッツだが、ここではマーシャル・ソラールという、どちらかと言えば「饒舌な」フランス人ピアニストをリーダーにしたリズム・セクションを相手にしながら、非常にリラックスして会話しているように聞こえる。ユメールも、若きテキシェも、自由奔放に反応して伸び伸びと演奏しており、適度なアブストラクトさも加わって、全体として多彩で躍動感に溢れたアルバムとなった。

スタンダード3曲(+2)、オリジナル4曲(+1)の全10トラックで、スロー、ミディアム、ファスト各テンポ共にどの演奏も気持ち良く聞け、また録音も良い。Anthropology>、<Lover Man> というおなじみのスタンダード、それに<Roman Blues>という3曲は、それぞれVer.1Ver.2が収録されている(計6トラック)。聴きどころは、インプロヴィゼーションにおいて「同じことはニ度とやらない」という信条を持つコニッツが、それぞれの曲/Versionをどう展開しているのかという点で、まさにジャズ・インプロヴィゼーションの本質を聴く楽しみを与えてくれる。またコニッツが彼らヨーロッパのリズム・セクションとの演奏(会話)を非常に楽しんでいることがどの曲からも感じられる。反応の良さを求めるコニッツにとって意外にも相性が良かったというこの体験が、その後70年代以降のソラールとの交流や、ヨーロッパのミュージシャンたちとの共演作へと続いたのだろう。このアルバムはそういう意味で、コニッツの70年代以降の活動を方向付けた出発点とも言うべき演奏記録であり、「Motion」、「Duets」に次ぐ、60年代コニッツの代表作と言えるだろう。