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2017/05/09

Bossa Nova #3:ジャズ・ボッサ

ジャズ・ボッサ系のインストものと言えば、やはりギターを中心にしたアルバムを聴くことが多いが、唯一の例外が、毎年夏になると聴いている、ストリングスの入ったアントニオ・カルロス・ジョビン Antonio Carlos Jobim (1927-94) の「波 Wave」(1967 A&M) だ。ジャズファンでなくとも誰でも知っている超有名なアルバムだがジョビンの書いたボサノヴァの名曲が、ストリングスの美しい響きとジョビンのピアノ、リラックスしたリズムで包まれたイージーリスニング盤である(制作はクリード・テイラー)。全編爽やかな風が吹き抜けるような演奏は、非常に気持ちが良くて何も考えたくなくなる。いつでも聴けるし、おまけに何度聴いても飽きない。(そう言えば夏だけでなく1年中聴いているような気もする。)ジョビンのこのアルバムに限らず、よくできたボサノヴァにはやはり人を穏やかな気分にさせるヒーリング効果があると思う。

ジェリー・マリガン Gerry Mulligan (1927-96) が女性ヴォーカルのジャンニ・デュボッキJane Duboc (1950-)と組んだ「パライソ Paraiso(楽園)」(1993 Telarc) は、スタン・ゲッツとブラジル人ミュージシャンがコラボした1960年代の作品に匹敵する素晴らしいアルバムだと思う。1曲目<Paraiso> のワクワクするようなサンバのリズムで始まる導入部から最後の曲<North Atlantic Run> まで、タイトル通り全編とにかく明るく開放的なリズムと歌声、美しいサウンドで埋め尽くされている。唯一の管楽器であるジェリー・マリガンのバリトンサックスに加え、他のブラジル人ミュージシャンたちによるギター、ピアノ、ドラムス、パーカッション各演奏それぞれが強力にスウィングしていて、音楽的な聴かせどころも満載である。またジャズにしてはいつも「音が遠い」Telarcレーベルの他のアルバムと違い、空間が豊かでいながら、声と楽器のボディと音色をクリアーに捉えた録音も素晴らしく、とにかく聴いていて実に気持ちのいいアルバムだ。ブラジル人作曲家ジョビン、モラエス、トッキーニョの3作品以外の8曲は、マリガンがこのアルバムのために書き下ろした自作曲にデュボッキがポルトガル語の歌詞をつけたものだという。マリガンのバリトンサックスの軽快で乾いた音色と、デュボッキの透き通るような歌声が、聴けばいつでも 「楽園」 に導いてくれる "ハッピージャズ・ボッサの傑作である。

「ジャズ・サンバ・アンコール Jazz Samba Encore」(1963 Verve) は、スタン・ゲッツ(ts) がチャーリー・バード(g)と共演してヒットさせた「Jazz Samba」(1962 Verve) の続編という位置づけのアルバムだ。アメリカ人リズム・セクションも参加しているが、ピアノにアントニオ・カルロス・ジョビン、ギターにルイス・ボンファ Luiz Bonfá (1922-2001) 、ヴォーカルにマリア・トレード Maria Toledo (当時のボンファの奥さん)というブラジル人メンバーが中心となって、ジャズ色の強い”アメリカ製”ブラジル音楽といった趣の強かった「Jazz Samba」に比べ、よりブラジル色を打ち出している。当時のスタン・ゲッツはゲイリー・マクファーランド(vib)、チャーリー・バードらと立て続けに共演してブラジル音楽を録音しており、ボンファたちとこのレコードを録音した翌月に吹き込んだのが、ジョアン&アストラッド・ジルベルトと共演した「Getz/Gilberto」だった。ルイス・ボンファは「カーニバルの朝」の作曲者としても知られるブラジルの名ギタリストで、このアルバムでもボンファのギターには味わいがある。ジルベルト夫妻盤にも負けない、この時代のベスト・ジャズ・ボッサの1枚。

イリアーヌ・イーリアス Eliane Elias (1960-)はクラシック・ピアノも演奏するブラジル出身のジャズ・ピアニストだ。80年代にランディ・ブレッカーと結婚して以降、その美貌もあってボサノヴァのピアノやヴォーカル・アルバムをアメリカで何枚も出している。ヴォーカルは私的にはあまりピンと来ないが(このアルバムでも1曲歌っている)、ピアノはクラシック的な明晰なタッチと、ブラジル風ジャズがハイブリッドしたなかなか良い味があると思う。中でもアントニオ・カルロス・ジョビンの曲を取り上げ、エディ・ゴメス(b)とジャック・デジョネット(ds)、ナナ・ヴァスコンセロス(perc)がバックを務めた初期の「Plays Jobim」(1990 Blue Note) は愛聴盤の1枚だ。彼女をサポートする強力な3人の技もあって、ジョビンの静謐なムードを持つ美しい曲も、快適にスウィングする曲も、どちらも非常に楽しめるピアノ・ボッサ・アルバムだ。

もう1枚は超マイナー盤だが、のんびりと涼しい海辺で聴きたくなるような、ギターとピアノのデュオによるイタリア製ボッサ・アルバムSossego」(2001 Philology)だ。ポルトガル語のタイトルの意味を調べたら平和、静か、リラックスなどが出てくる。多分「安息」が最適な訳語か。そのタイトルに似合うスローなボサノヴァと、<Blue in Green>などのジャズ・スタンダードの全13曲をほぼデュオで演奏したもの。ギターはイリオ・ジ・パウラ Irio De Paula(1939-)というブラジル人で、70年代からイタリアで活動しているギタリスト。ピアノのレナート・セラーニ Lenato Sellani (1926-)はイタリアでは大ベテランのジャズ・ピアニストだ。調べたら二人ともイタリアで結構な数のアルバムをリリースしている。録音時は二人とも60歳過ぎのベテラン同士なので、当然肩肘張らないリラックスした演奏が続く。人生を知り尽くした大人が静かに対話しているような音楽である。聴いていると、海辺の木陰で半分居眠りしながら夢でも見ているような気がしてくる。この力の抜け具合と、涼しさを感じさせるサウンドが私的には素晴らしい。

2017/05/03

Bossa Nova #1:女性ヴォーカル

春が終わり、初夏になるとボサノヴァを聴きたくなる。そこで小野リサのコンサートに出かけた。これまでライヴを聞き逃してきたのでCDでしか聞いたことがなく、「生」の小野リサは初めてだ。聞けば来年はデビュー30周年になるのだそうだ。自分の中ではずっとデビュー当時の彼女しかイメージがなかったが、もうそれなりの年齢になっているということであり、なるほどこちらも歳を取るわけである。長年の私の小野リサ愛聴盤は25年前の「ナモラーダ Namorada」(1992 BMG)だ。トゥーツ・シールマンズのハーモニカや、当時の彼女のシンプルな歌とギターが気に入っているからだ。今回のコンサートはピアノの林正樹他3管のセクステットをバックにして、ボサノヴァだけでなく、ジャズあり、サルサあり、ロックあり、ポップスあり、近年フィーチャーしている日本の歌ありという多彩な構成だった。さながら小野リサのカラオケみたいな趣がないではないが、彼女を小野リサたらしめるあのハスキーでソフトな歌声も、超複雑なメロディの音程を決してはずさないブラジル仕込みの安定したピッチも、もちろんそのリズム感もそうだが、ポルトガル語、英語、日本語を駆使して歌う彼女の歌はやはり素晴らしい。未だにたどたどしい、のんびりした日本語の語りもかえって好感が持てる。しかしポルトガル語の歌が、何と言ってもやはり最高だ。生の小野リサのステージは非常に楽しめた。

私はジャズとボサノヴァをほぼ同時併行で聴き始めたので、ボサノヴァのレコードもこれまでずいぶん聴いてきた。ボサノヴァ・ヴォーカルはジョアン・ジルベルトを別にすれば、やはり女性の歌声が合っている。日本で有名な女性ボサノヴァ歌手というと、古くはアストラッド・ジルベルトであり、今はやはり小野リサだろうが、ブラジルには素晴らしい女性歌手がまだまだいる。私が聴いてきたそういう歌手の一人がナラ・レオンNara Leão (1942-1989)で、彼女の「美しきボサノヴァのミューズ Dez Anos Depois」(1971 Polydor)では、まさにボサノヴァの本道とも言うべき歌唱が聞ける。このアルバムは、ナラ・レオンが1960年代後期にブラジル独裁政権の抑圧から逃れてフランスに一時的に亡命していた時代、歌からしばらく遠ざかっていた1971年のパリで、しかも世界的ボサノヴァ・ブームが去った後に、彼女にとって初めてボサノヴァだけを録音したものだ。大部分がギターとパーカッションによる非常にシンプルな伴奏で24の有名曲を選んでいるが、決してフランス的なアンニュイなボサノヴァではない。

パリで外交官をしていたヴィニシウス・ヂ・モラエスの戯曲を基にした、フランス・ブラジルの合作映画「黒いオルフェ」(1959年)の音楽(ルイス・ボンファ)や、ボサノヴァをフランスに広めたピエール・バルーが出演し、バーデン・パウエルもギターで参加した映画「男と女」(1966)のテーマなど、古くからフランスとブラジルの音楽的結びつきは強い。言語は違うが、シャンソンの語り口とボサノヴァの囁くような歌唱にも共通点があり、クレモンティーヌに代表されるフランスの女性歌手によるフレンチ・ボッサも昔から人気だ。またボサノヴァを生んだ要素の一つ、ジャズ受容の歴史もそうであり、この二つの国には目に見えない音楽的つながりがあるようだ。ナラ・レオンにもフランス人の血が流れていたということなので、この人は言わば生まれながらのボサノヴァ歌いだったのだろう。この時代のブラジルの政治状況を知る人はあまりいないだろうし、当時の音楽家と政治の関わりを今想像するのは難しいが、ここでの歌唱は、パリという街が持つ独特の空気と、故国を離れざるを得なかった当時の彼女の心象を色濃く反映したもののように思える。ジョアン・ジルベルトと同様に、シンプルで美しい最高のボサノヴァが聞けるが、1960年代のジョアンや他の歌手から感じる、哀しみと明るさが入り混じったいわゆるサウダージとは異なる、もっと陰翳の濃い、シャンソン的な深い表現がどのトラックからも聞えてくる。透き通るような、遠くに向かって歌い掛けるような、達観したような彼女の声と歌唱は独特だ。そこに、バルバラのようなシャンソン歌手の歌唱の中にもある何か、ジャンルを超えた普遍的な音楽だけが持っている、人の心に訴えかける力のようなものを感じる。それはまたビリー・ホリデイやニーナ・シモンの、いくつかのジャズ・ヴォーカル名盤から聞こえてくるのと同じ種類のものだ。

もう一人の女性歌手はアナ・カランAna Caram (1958-)だ。アナ・カランはブラジル・サンパウロ出身だが、歌とギターによる弾き語りで1989年にアメリカCheskyレーベルから「Rio After Dark」でメジャー・デビューした。その後何枚か同レーベルでアルバムを吹き込んでいて、この「Blue Bossa」は2001年にリリースしたもの。私が所有しているアントニオ・カルロス・ジョビンが参加したデビュー作と、次作「Bossa Nova(1995)、そしてこの「Blue Bossa」の3枚はいずれも良いが、アメリカ制作ということもあり、上記ナラ・レオン盤とは違っていずれもジャズ色が強く、サウンドもモダンで洗練されている。そしてデビュー時からその素直でクセのない歌とギター、Cheskyレーベル特有のナチュラルな録音によるアコースティック・サウンドが彼女のアルバムの魅力だ。地味だし、ヴォーカルにこれと言った特色は無いのだが、なぜか時折聴きたくなるような温かく、聴いていて心が落ち着くとても自然な歌の世界を持っている。このアルバムにはジャズ・スタンダードとブラジル作品を併せて12曲が収録されているが、本人がギターも弾いているのは1曲だけで、後はバック・バンドに任せて歌に徹している。サックスを含むクインテットによるジャズ的アレンジで聞かせていて、それがまた洗練されたボサノヴァの味わいを一層感じさせる。また声と楽器の音が自然に聞こえるレーベル特有の録音も非常に良い。タイトル曲のジャズ・スタンダード<Blue Bossa>を始めとして、どの曲も柔らかい歌声、包み込むようなサックスの音色が美しく、特にボサノヴァ好きなジャズファンがリラックスして楽しめるアルバムだ。