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2017/05/15

Bossa Nova(番外編): ボサノヴァ・コニッツ

ボサノヴァ特集(?)の最後を飾るのは、やや好事家向けになるがジャズ・アルトサックス奏者リー・コニッツのボサノヴァだ。コニッツはブラジル音楽、とりわけアントニオ・カルロス・ジョビンのファンだったが、同業者のスタン・ゲッツが1960年代初めにテナーでボサノヴァを取り上げて大ヒットさせたこともあって、以来自分では手をつけてこなかったそうである(自伝での本人談。悔しかったのか?)。しかし1980年代から第2期黄金期を迎えていた(と私は思う)コニッツは、60歳を過ぎた1989年にブラジル人ミュージシャンと作った「リー・コニッツ・イン・リオ」(M.A.Music)を皮切りに、そのスタン・ゲッツの葬儀(1991年)で出会ったラテン音楽好きの女性ピアニスト、ペギー・スターン Peggy Stern (1948-) と活動を開始したこともあって、90年代に入ってからブラジル音楽を取り上げた作品を積極的にリリースした。ただし、それらはいずれもジャズ・ミュージシャン、リー・コニッツ流解釈によるブラジル音楽であり、”普通の” ボサノヴァを期待すると面食らうこともある。

ペギー・スターン(p, synt)とのデュオ「ジョビン・コレクションThe Jobim Collection」(1993 Philology)は、アントニオ・カルロス・ジョビンの作品のみを演奏したアルバムだ。非常に評判が良かったらしいが、Philologyというイタリアのマイナー・レーベルでの録音だったこともあって発売枚数が少なく、今は入手しにくいようだ(私も中古を手に入れた)。ゲッツから遅れること30年、ようやく手掛けたボサノヴァとジョビンの名曲の一つひとつを楽しむかのように、コニッツにしてはアブストラクトさを控え、珍しく感傷と抒情を衒いなく表した演奏が多い (本人もそう認めている)。コニッツならではの語り口による陰翳に富んだボサノヴァは、これはこれで非常に魅力的である。またデュオということもあって、各曲ともほとんど3分から5分程度で、ブラジル音楽を取り上げた他のバンドによるアルバムに比べ、メロディを大事にしながらどの曲もストレートに歌わせているところも良い。ペギー・スターンはピアノとシンセサイザーを弾いているが、どの曲でも非常に美しくモダンで、かつ息の合ったサポートでコニッツと対話している。馴染み深いジョビンの有名曲が並びどれも良い演奏だが、ここではメロディのきれいな<Zingaro>、<Dindi>、コニッツ本人も好きだと言う<Luiza>での両者のデュオが特に美しい。

その後コニッツは、日本のヴィーナス・レーベルからボサノヴァのアルバム「ブラジリアン・ラプソディ」(1995)と「ブラジリアン・セレナーデ」(1996)という2枚のレコードをリリースしている。「ラプソディ」にはペギー・スターンがピアノで参加し、「セレナーデ」はトランペットのトム・ハレル、ブラジル人ギタリストのホメロ・ルバンボ、ピアノのデヴィッド・キコスキー他を加えた2管セクステットによるジャズ・ボッサで、こちらも8曲中5曲がアントニオ・カルロス・ジョビンの有名作品だ。ジョビンの曲は、基本的にジャズ・スタンダードのコード進行を元にしているので、ジャズ・ミュージシャンにとっては非常に馴染みやすいのだという。だが、そのメロディはやはりどの曲もブラジルらしい美しさに満ちている。他の3曲は、<リカード・ボサ・ノヴァ>、トム・ハレルとコニッツのタイトル曲がそれぞれ1曲で、このレコードではいずれもオーソドックスなジャズ・ボッサを演奏している。

もう1枚はマイナー盤だが、コニッツが ”イタリア人” のボサノヴァ歌手兼ギタリストのバーバラ・カシーニ Barbara Casini (1954-)と、ボサノヴァの名曲をカバーしたトリオによるアルバム「Outra Vez」(2001 Philology)だ。ギターに同じくイタリア人のサンドロ・ジベリーニ Sandro Gibelini がガットとエレクトリック・ギター両方で参加している。バーバラ・カシーニは初めて聴いたが、コニッツがそのタイム・フィーリングの素晴らしさを称賛しているだけあって非常に良い歌手だ。声はジョイス Joyce (1948-)に似ているが、かすかにかすれていて、しかし良く通るきれいな歌声だ。小編成のボサノヴァ演奏ではガット・ギターが普通で、エレクトリック・ギターは珍しいと思うが、ジベリーニはまったく違和感なくこなしていて、ジム・ホールを彷彿とさせる柔らかく広がる音色が全体を支え、カシーニの歌声、コニッツのアルトサックスの音色ともよく調和している。このCDではコニッツがアルトに加えて、なんと2曲スキャットで(!)参加している。このコニッツのヴォーカルをクサしているネット記事を見かけたことがあるが(このCDを聴いていた人がいるのにも驚いたが)、私は「悪くない」と思う。うまいかどうかは別にして、録音当時73歳にしてリズム、ラインとも実に味のある ジャズ” ヴォーカルを聞かせていると思う。まず「歌う」ことがコニッツのインプロヴィゼーションの源なので(自伝によれば)、歌のラインは彼のサックスのラインと同じなのだ。半世紀前のカミソリのように鋭いアルトサウンドを思い浮かべて、カシーニをサポートするたゆたうような優しいサックスとヴォーカルを聴いていると、過ぎ去った月日を思い、まさにサウダージを感じる。

2017/05/09

Bossa Nova #3:ジャズ・ボッサ

ジャズ・ボッサ系のインストものと言えば、やはりギターを中心にしたアルバムを聴くことが多いが、唯一の例外が、毎年夏になると聴いている、ストリングスの入ったアントニオ・カルロス・ジョビン Antonio Carlos Jobim (1927-94) の「波 Wave」(1967 A&M) だ。ジャズファンでなくとも誰でも知っている超有名なアルバムだがジョビンの書いたボサノヴァの名曲が、ストリングスの美しい響きとジョビンのピアノ、リラックスしたリズムで包まれたイージーリスニング盤である(制作はクリード・テイラー)。全編爽やかな風が吹き抜けるような演奏は、非常に気持ちが良くて何も考えたくなくなる。いつでも聴けるし、おまけに何度聴いても飽きない。(そう言えば夏だけでなく1年中聴いているような気もする。)ジョビンのこのアルバムに限らず、よくできたボサノヴァにはやはり人を穏やかな気分にさせるヒーリング効果があると思う。

ジェリー・マリガン Gerry Mulligan (1927-96) が女性ヴォーカルのジャンニ・デュボッキJane Duboc (1950-)と組んだ「パライソ Paraiso(楽園)」(1993 Telarc) は、スタン・ゲッツとブラジル人ミュージシャンがコラボした1960年代の作品に匹敵する素晴らしいアルバムだと思う。1曲目<Paraiso> のワクワクするようなサンバのリズムで始まる導入部から最後の曲<North Atlantic Run> まで、タイトル通り全編とにかく明るく開放的なリズムと歌声、美しいサウンドで埋め尽くされている。唯一の管楽器であるジェリー・マリガンのバリトンサックスに加え、他のブラジル人ミュージシャンたちによるギター、ピアノ、ドラムス、パーカッション各演奏それぞれが強力にスウィングしていて、音楽的な聴かせどころも満載である。またジャズにしてはいつも「音が遠い」Telarcレーベルの他のアルバムと違い、空間が豊かでいながら、声と楽器のボディと音色をクリアーに捉えた録音も素晴らしく、とにかく聴いていて実に気持ちのいいアルバムだ。ブラジル人作曲家ジョビン、モラエス、トッキーニョの3作品以外の8曲は、マリガンがこのアルバムのために書き下ろした自作曲にデュボッキがポルトガル語の歌詞をつけたものだという。マリガンのバリトンサックスの軽快で乾いた音色と、デュボッキの透き通るような歌声が、聴けばいつでも 「楽園」 に導いてくれる "ハッピージャズ・ボッサの傑作である。

「ジャズ・サンバ・アンコール Jazz Samba Encore」(1963 Verve) は、スタン・ゲッツ(ts) がチャーリー・バード(g)と共演してヒットさせた「Jazz Samba」(1962 Verve) の続編という位置づけのアルバムだ。アメリカ人リズム・セクションも参加しているが、ピアノにアントニオ・カルロス・ジョビン、ギターにルイス・ボンファ Luiz Bonfá (1922-2001) 、ヴォーカルにマリア・トレード Maria Toledo (当時のボンファの奥さん)というブラジル人メンバーが中心となって、ジャズ色の強い”アメリカ製”ブラジル音楽といった趣の強かった「Jazz Samba」に比べ、よりブラジル色を打ち出している。当時のスタン・ゲッツはゲイリー・マクファーランド(vib)、チャーリー・バードらと立て続けに共演してブラジル音楽を録音しており、ボンファたちとこのレコードを録音した翌月に吹き込んだのが、ジョアン&アストラッド・ジルベルトと共演した「Getz/Gilberto」だった。ルイス・ボンファは「カーニバルの朝」の作曲者としても知られるブラジルの名ギタリストで、このアルバムでもボンファのギターには味わいがある。ジルベルト夫妻盤にも負けない、この時代のベスト・ジャズ・ボッサの1枚。

イリアーヌ・イーリアス Eliane Elias (1960-)はクラシック・ピアノも演奏するブラジル出身のジャズ・ピアニストだ。80年代にランディ・ブレッカーと結婚して以降、その美貌もあってボサノヴァのピアノやヴォーカル・アルバムをアメリカで何枚も出している。ヴォーカルは私的にはあまりピンと来ないが(このアルバムでも1曲歌っている)、ピアノはクラシック的な明晰なタッチと、ブラジル風ジャズがハイブリッドしたなかなか良い味があると思う。中でもアントニオ・カルロス・ジョビンの曲を取り上げ、エディ・ゴメス(b)とジャック・デジョネット(ds)、ナナ・ヴァスコンセロス(perc)がバックを務めた初期の「Plays Jobim」(1990 Blue Note) は愛聴盤の1枚だ。彼女をサポートする強力な3人の技もあって、ジョビンの静謐なムードを持つ美しい曲も、快適にスウィングする曲も、どちらも非常に楽しめるピアノ・ボッサ・アルバムだ。

もう1枚は超マイナー盤だが、のんびりと涼しい海辺で聴きたくなるような、ギターとピアノのデュオによるイタリア製ボッサ・アルバムSossego」(2001 Philology)だ。ポルトガル語のタイトルの意味を調べたら平和、静か、リラックスなどが出てくる。多分「安息」が最適な訳語か。そのタイトルに似合うスローなボサノヴァと、<Blue in Green>などのジャズ・スタンダードの全13曲をほぼデュオで演奏したもの。ギターはイリオ・ジ・パウラ Irio De Paula(1939-)というブラジル人で、70年代からイタリアで活動しているギタリスト。ピアノのレナート・セラーニ Lenato Sellani (1926-)はイタリアでは大ベテランのジャズ・ピアニストだ。調べたら二人ともイタリアで結構な数のアルバムをリリースしている。録音時は二人とも60歳過ぎのベテラン同士なので、当然肩肘張らないリラックスした演奏が続く。人生を知り尽くした大人が静かに対話しているような音楽である。聴いていると、海辺の木陰で半分居眠りしながら夢でも見ているような気がしてくる。この力の抜け具合と、涼しさを感じさせるサウンドが私的には素晴らしい。

2017/05/06

Bossa Nova #2:ジョアン・ジルベルト

アントニオ・カルロス・ジョビンと並んで、ジョアン・ジルベルト João Gilberto (1931-) はボサノヴァそのものだ。というか歌のボサノヴァとはジョアン・ジルベルトのことだ、と言ってもいいくらいだ。「ジョアン・ジルベルトの伝説」(1990 World Pacific) というレコードは、ジョアンの初期1959年から60年代初めの頃の3枚の作品を編集した全36曲からなるアルバムだったが、ジョアンの承諾なしに発売したため訴訟問題となって現在は再発できない状況らしい。しかしカルロス・ジョビンの代表曲<想いあふれて Chega de Saudade>から始まるこのレコードは、まさにボサノヴァの名曲のオンパレードで、全曲を通して若きジョアン・ジルベルトの瑞々しい歌声と、ボサノヴァ・ギターの原点というべきあの独特のシンコペーションによるギター・プレイが聴ける。「ボサノヴァとは何か」と聞かれたら、このレコードを聴けと言えるほど素晴らしい内容である。今は中古で探すか、バラ売りされている初期レコードのCDを探すしかないようだ。(同じタイトルで現在ユニヴァーサルから出ている別ジャケットCDは、ジョアン公認と書かれているが、収録内容は異なるようだ)


「ゲッツ/ジルベルト Getz/Gilberto」(1963 Verve)は、当時ヨーロッパから帰国し、ギターのチャーリー・バード Charlie Byrd (1922-99)と共演した「ジャズ・サンバ Jazz Samba(Verve 1962) 他でブラジル音楽に挑戦していたテナーサックス奏者、スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトがアメリカで共作した歴史的名盤だ。録音時ジョアンはこのコラボには満足していなかったようだが(ジャズとボサノヴァの感覚の違いだろう)、結果としてこのレコードはアメリカで大ヒットしてグラミー賞を受賞する。アントニオ・カルロス・ジョビンもピアノで参加し、クールなゲッツのサックスも気持ちの良い響きだし、ジョアンも、当時の妻アストラッド・ジルベルトともに若く瑞々しい歌声がやはりいい。特にアストラッドが英語で歌った<イパネマの娘>が大ヒットし、この後Verveに何枚かゲッツとの共作が吹き込まれている。演奏されたどの曲も超有名で、今やジャズ・ボッサの古典だが、ジャズという音楽とプレイヤーを媒介にしたこのアルバムの大ヒットが起点となって、その後ボサノヴァがワールド・ミュージックの一つとしてブレイクしたのは紛れもない事実である。半世紀経った今聴いても新鮮な響きを失わないという一点で、このアルバムが時代を超えた真にすぐれた音楽作品であることが証明されている

ジョアン・ジルベルトはその後も多くの素晴らしいレコードを残しているが、私はどちらかと言えばスタジオ録音よりライヴ・アルバムが好みだ。ジャズもそうだが、ライヴにはスタジオでの緊張感や「作られ感」がなく、中にはミスしたり完成されていない演奏もあるのだが、一般に伸び伸びとした解放感が感じられ、聴衆の反応と呼吸を合わせてインスパイアされるプレイヤーの「喜び」のようなものが聞こえてくるからだ。演奏や録音の出来不出来より、そうした現場感がなによりリアルで楽しいのである(もちろん実際のライヴ会場にいるのが最高なのだが)。特にジョアンのような音楽は、聴き手あっての場がやはりふさわしいと思う。ジョアンのライヴ録音と言えば、1985年のモントルー・ジャズ祭での「ジョアン・ジルベルト・ライヴ・イン・モントルー João Gilberto Live in Montreux」が素晴らしいライヴ・アルバムだ。若い時代のような瑞々しさはないが、ここでは実に円熟した歌唱が聞ける。会場の盛り上がる反応もよく捉えられていて、それでジョアンが乗ってくる様子もよくわかる。何よりギター1本と歌だけで、これだけのステージをやれるというのがとにかくすごい。


もう1枚のライヴ・アルバム「Eu Sei Que Vou Te Amarはそれから9年後の1994、ジョアン64歳の時のブラジル・サンパウロでのライヴ録音である。TV放送とか、たぶん収録曲数を増やすために編集されているので、終わり方や曲間が不自然な部分もあるが、そこはブラジル製(?)と思えば気にはならない。また声もギターの音もクリアで、ナチュラルに録れており、響きも良い。客人の立場だったモントルーと違い、地元の聴衆を前にしているせいか、どことなく気楽さが感じられるし、歳は取ったが声もギターの調子もこの日は良いようだ(たぶん?)。あまり気にしたことはないが、やはりポルトガル語の歌詞による微妙な表現のおもしろさとか歌唱技術は、現地の人にしかわからないニュアンスというものがあるのだろう。とにかく非常にリラックスしたジョアンの歌とギターによる名曲の数々が、ライヴ会場にいるかのように楽しめる1枚だ。