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2017/06/10

リー・コニッツを聴く #5:1960年代後期

「チャーリー・パーカー10thメモリアル・コンサート」(Limelight) は、1965年の327日にカーネギーホールで行われたチャーリー・パーカー没後10年の追悼記念コンサート・ライヴである。ディジー・ガレスピー、ジェイムズ・ムーディ、ケニー・バロン等によるクインテットの演奏、ロイ・エルドリッジ、コールマン・ホーキンズ等のスイング派セッション、デイヴ・ランバートのスキャット、リー・コニッツの無伴奏アルト・ソロ、最後にガレスピー、コニッツにJ.J.ジョンソン、ケニー・ドーハム、ハワード・マギー等も加わったジャム・セッションという構成だ。ソニー・ロリンズとソニー・スティットも登場したようだが、契約の関係でこのCDには収録されていないそうである。パーカー追悼記念にエルドリッジやホーキンズが何でいるの、ということもあるし、選曲もとりたててパーカーゆかりの、というわけでもない。1965年という時代を考えると、ガレスピーが中心になってスウィング、ビバップ時代のメンバーが集まって旧交を温める、といった趣もあったのだろう。それにしてはそこにリー・コニッツがなぜ、という疑問もあるが、私がこのCDを買ったのは、そのコニッツのアルト・ソロによるブルース<Blues for Bird>を聴くためだった。

エルヴィン・ジョーンズとのピアノレス・トリオ「Motion」(1961)、デュオのみの「Duets」(1967)のちょうど中間にこのソロ演奏がある。ネットでコニッツの昔のビデオ映像を見ると、いつも舞台でジョークを飛ばしていて、結構笑いを取っている(ただしアメリカ風の大笑いではなく、イギリス風のくすくす笑い系だが)。トリスターノ派の音楽から来る堅苦しい印象や人物像を想像していると肩透かしを食うが、この会場でも演奏の前にキリストとパーカーをひっかけた軽いジョークをかましてからスタートしている。1960年代はジャズが拡散して、自分の立ち位置を見失うミュージシャンが多かっただろうが、コニッツにとっても「内省」の時代だったと言える。そういう意味では無伴奏アルト・ソロというのは究極のフォームだろう
。また「リー・コニッツ」で述べているように、ブルースは黒人のものであり、ブルーノートの使用も含めて白人の自分たちに真のブルースは演奏できない、というのがトリスターノ派の思想だった。12小節のジャズ・フォームとして、ブルーノートのコンセプトには依らずに、どこまで音楽的に意味のある演奏ができるか、というのがトリスターノやコニッツの姿勢だった。レニー・トリスターノは「鬼才トリスターノ」(1955)で、<Requiem> というソロ・ピアノ(多重録音)による美しいブルースで、亡くなったパーカーへの弔辞を述べたが、おそらくその師にならって、コニッツはここで同じくソロのブルース <Blues for Bird> に挑戦したのだろう。理由は、パーカーだけがブルースの真髄を捉えていたと彼らは考えていたからだ。チャーリー・パーカーの音楽に本当に敬意を表していたのは、パーカーのエピゴーネンたちではなく、実は当時まったく違う音楽をやっていると思われていたトリスターノとコニッツだったのではないだろうか。

リー・コニッツが1960年代にリリースした記憶すべきアルバムの1枚が「Duets」(1967 Milestone)だ。コード楽器によるソロ空間の制約を嫌ったコニッツは、「Motion」の延長線上で更なる空間を求めて11のデュオによってインプロヴィゼーションの可能性をさらに探求しようした。このアルバムは自らリストアップした共演者に声を掛け、承諾した9人のプレイヤーが1日集まって交代で演奏し、わずか5時間で一気に完成させたものだという。1960年代後半という時代背景もあって、コニッツ的にはフリー指向が一番強かった時期と思われる。コニッツのアルトとテナーサックス(一部電気アルト)に対し、テナーサックス(ジョー・ヘンダーソン、リッチー・カミューカ))、ピアノ(ディック・カッツ)、ヴィヴラフォン(カール・ベルガー)、ベース(エディ・ゴメス)、ギター(ジム・ホール)、ヴァイオリン(レイ・ナンス)、ヴァルブ・トロンボーン(マーシャル・ブラウン)、ドラムス(エルヴィン・ジョーンズ)という9人のプレイヤーが対峙して、緊張感のあるアブストラクトなデュオ演奏を繰り広げている(一部コンボ含)。全8曲の内、スタンダード、オリジナル曲の他、ガンサー・シュラーがライナーノーツに記しているように、ルイ・アームストロングやレスター・ヤングへのトリビュートと思われる曲やテーマも取り上げられており、フリー・コンセプションによってジャズの伝統を解釈しようと試みた部分もある。コニッツはどういうフォームで演奏しても、共演相手を「聴く」ことと、楽器間の「対話」に強烈な信念を持った人であり、そういう意味でこのデュオ・アルバムは、その姿勢が最も典型的に表れたものと言えるだろう。この時代の空気が濃厚に感じられる作品だが、コードやリズムからは自由になっても、美しいメロディに対するコニッツの執着から、アブストラクト寄りと言えども、他のフリー・ジャズ作品とは違う独自の音世界をこのアルバムから聴き取ることができる。

この時代の作品をもう1枚挙げるとすれば、1968年にイタリアで行われたボローニャ・ジャズ・フェスティヴァルに参加していたコニッツを招聘して録音された、カルテットによる2枚のLP「European Episode」と「Impressive Rome」(Campi) をカップリングした同名の2枚組CD(CamJazz)である。コニッツの希望で集められたリズム・セクションのメンバーは、マーシャル・ソラール(p)、アンリ・テキシェ(ds) というフランス人、それにスイス人ドラマーのダニエル・ユメール(ds)だ。ソラールとユメールはコンビで数多く共演しており、アンリ・テキシェはこの当時23歳で、ソラール、ユメールとフランスで活動しており、ユメールと共にこの年にフィル・ウッズを迎えてヨーロッピアン・リズム・マシーンを結成している。コニッツにとって60年代は苦難の時代だったが、「デュエッツ」に見られるように、当時のいわゆるフリー・ジャズとは異なる内省的なアブストラクトの世界を追求していた。コード楽器を排除してできるだけ大きなインプロヴィゼーションのスペースを求めてきたコニッツだが、ここではマーシャル・ソラールという、どちらかと言えば「饒舌な」フランス人ピアニストをリーダーにしたリズム・セクションを相手にしながら、非常にリラックスして会話しているように聞こえる。ユメールも、若きテキシェも、自由奔放に反応して伸び伸びと演奏しており、適度なアブストラクトさも加わって、全体として多彩で躍動感に溢れたアルバムとなった。

スタンダード3曲(+2)、オリジナル4曲(+1)の全10トラックで、スロー、ミディアム、ファスト各テンポ共にどの演奏も気持ち良く聞け、また録音も良い。Anthropology>、<Lover Man> というおなじみのスタンダード、それに<Roman Blues>という3曲は、それぞれVer.1Ver.2が収録されている(計6トラック)。聴きどころは、インプロヴィゼーションにおいて「同じことはニ度とやらない」という信条を持つコニッツが、それぞれの曲/Versionをどう展開しているのかという点で、まさにジャズ・インプロヴィゼーションの本質を聴く楽しみを与えてくれる。またコニッツが彼らヨーロッパのリズム・セクションとの演奏(会話)を非常に楽しんでいることがどの曲からも感じられる。反応の良さを求めるコニッツにとって意外にも相性が良かったというこの体験が、その後70年代以降のソラールとの交流や、ヨーロッパのミュージシャンたちとの共演作へと続いたのだろう。このアルバムはそういう意味で、コニッツの70年代以降の活動を方向付けた出発点とも言うべき演奏記録であり、「Motion」、「Duets」に次ぐ、60年代コニッツの代表作と言えるだろう。