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2017/06/25

紀尾井ホールで山中千尋を聴く

紀尾井ホールで行なわれた山中千尋の「文春トークライブ」に出かけた。当日6月21日はセロニアス・モンクへトリビュートした新アルバム「Monk Studies」(ユニバーサル)発売日であり、しかもたまたま彼女の21枚目のレコードなのだそうだ。前半はトーク中心、後半はモンクの曲を中心にしたライブという構成。モンクの曲は<ルビー・マイ・ディア>、<リズマニング>、<ハッケンサック>、<パノニカ>という代表曲をエレクトリック・キーボード、エレクトリック・ベース(中林董平)、ドラムス(大村亘)というトリオで演奏。アコースティック・ピアノをトリオで弾いたのは前半冒頭の曲(タイトルは知らない)と、アンコールの<八木節>2曲だけだ。ソロ演奏はなし。文春主催と会場が影響しているのか、この日の聴衆は見たところ普通のジャズ・コンサートとどことなく違う雰囲気で、ジャズでもなければクラシックでもない混成隊のような不思議な構成に見えた。

「極私的5つのピアノ名演と名曲」と題した前半のトークでは、神舘和典氏(音楽ライター)を相手にグレン・グールド、ミシェル・ペトルチアーニ、ジョー・ザビヌル、ポール・マッカートニー、ブラッド・メルドーという5人について、それぞれの奏者の好きな点や裏話を語った。ザビヌルやウェイン・ショーターの天才性や変人ぶり、メルドーのお茶目な性格などの話は面白かった。音楽家、ピアニストとしての影響は、中でもペトルチアーニがもっとも大きいようだ。幼稚園児のときに既に父親が好きだったグレン・グールドのレコードを聴いていて、アンプのイコライザーをいじって演奏中のグールドの唸り声が変化するのを面白がったり、トーレンスのアナログ・レコードプレーヤーをいじりまわしてレコードと針を傷だらけにした話などを聞くと、既にして筋金入りの音楽好きだったと想像される。好きなマッカートニーの曲(ついでながら彼の曲と声には、常に哀愁があると私は思う)にインスパイアされて小学生のときに作曲した2曲を、今の教え子の小学生の女の子が登場してヴァイオリンで弾き、山中千尋がピアノで伴奏した。紀尾井ホールの美しい響きも相まって、両方ともとても良い曲だった。こうした話からも、やはり自由な発想、好奇心が旺盛なこと、もともと作曲の才があること、そして自分ならではの世界を創りたいという願望が小さい頃からあったことがわかる。クラシック・ピアノで入学した桐朋学園を卒業後、アメリカに渡ってバークリーでジャズの道に進んだのも(1997年)、そうした彼女の生まれ持った資質が選ばせたのだろう。まさにジャズ向きな人だったのだ。
そう考えると、今回のセロニアス・モンクへのオマージュと言うべきアルバム「Monk Studies」の意味もわかる。モンクは基本的には作曲家であり、そして束縛を嫌い、誰よりも自由を愛し、誰のものでもない独創的世界を創り出した芸術家だったからだ。さらにその死後になっても、早逝した娘のバーバラ、その遺志を継いだ息子T.S.モンクの尽力でセロニアス・モンク・インスティチュートが設立され、モンク・コンペティションが開催されるなど、アメリカのジャズの発展と未来に向けて非常に大きな貢献もしてきた。そうした日本ではあまり知られていない、あるいは誤解されているモンクの偉大さを、今回のような場でジャズ・ピアニスト本人の口から(初めて)語ってくれたことは、モンクファンとしては単純に嬉しい。当夜のモンク代表曲の演奏も、魅力的だが難しいモンク作品をモチーフにしながら、リスペクトを忘れずに、しかし同時にモンク・ワールドから飛び出して、どこまで自分ならではの音楽世界が提示できるかという挑戦だろう。アコースティック・ピアノではなくエレクトリック・キーボードを使ってオルガンや管楽器のアンサンブル的サウンドを出したり、モンクの音楽の大きな特長である独特の "リズム" を彼女なりに解釈、消化して、現代のリズムセクションとのコラボでどこまで新たな表現として拡張できるか、というのがおそらくテーマだったろう。その意味では非常に斬新な試みだったと思う。またこの日のライブは日本人のプレイヤーが相手だったが、発売したレコードでは米国のプレイヤー、8月末から国内で行なう予定のツアーでは別の女性リズムセクションを選んでいるようだ。それぞれのリズムセクションを相手に、どのような変化を見せながら、独自の表現世界をどう発展させてゆくのか非常に興味深く、また楽しみだ。 

ただし、新アルバムの予備知識はモンクということ以外まったく無しで行ったこと、また会場が紀尾井ホールということもあって、アコースティック・ピアノの演奏を期待していたので、ほとんどがエレクトリック・トリオの演奏だったのには少々面食らった。ライブの場合アコースティックでもエレクトリックでも私はあまり気にしないのだが、おそらくこのホールは音の響きが良すぎて(上品すぎて?)、ジャズ的ダイナミズムが薄まることと、また私にはエレクトリック楽器の音にどうしても残響がまとわりつく感じがした(2曲だけのアコースティック・トリオは音も演奏も素晴らしく、もっと聴いてみたかった)。エレクトリック・トリオの音はジャズクラブで聴けば、もっとジャズ的グルーヴがダイレクトに伝わってくるのだろう(予定しているツアーではクラブ中心のようだ)。しかしモンクファンとして言わせてもらえば、せっかく「Monk Studies」に取り組んだ以上、願わくはその第2弾として、アコースティック・バンドで、ホーンセクションを入れて(ビッグバンド的に)、モンクの世界を現代的解釈とアレンジで再構築する、という試みにもぜひ挑戦してもらいたい。そのフォーマットなら彼女のアレンジ能力もさらに生きるだろうし、モンクの音楽には、そうした挑戦を受け入れるだけの懐の深さと、発展可能性がまだまだあると思う。

それにしても小柄なのに超パワフルな演奏を聴くと、山中千尋はまさに秋吉敏子、大西順子に続く、スケールの大きな日本人女性ジャズ・ピアニストの星だ。アンコールで弾いた彼女の地元・桐生の<八木節>は初めて生で聴いたが、そのスピード感といい、スウィング感、力強さといい、最高だった。さすが上州女子だ。会場では新アルバムCDを販売していて、買えばコンサート後に山中千尋本人からサイン入りクリアファイルを手渡される(ただし握手は不可)という特典付きだったので、近くで顔を見てみたかったが、休憩時間のCD販売時も、コンサート後も、すごい行列(自分と同じような中高年おっさん群?)だったので、行列の嫌いな私はあきらめて帰った。