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2017/02/26

モンク考 (4) 米国黒人史他について

著者ロビン・D・Gケリー氏はニューヨーク・ハーレム生まれで、現在カリフォルニア大学教授を務める歴史学者である。米国黒人史を専門とし、これまでに同分野の多くの著書も発表していて、2冊の邦訳版もある。(自ら楽器も演奏し、またジャズを中心としたブラック・ミュージックについての造詣も深く、関連誌に多くの論稿も寄稿している。)著者はモンクの物語を貫く縦糸として、米国黒人史を織り込むことを最初から意図して本書を執筆しており、その点があくまで音楽を主体とした従来のジャズマン個人史や評伝との違いだろう。ノースカロライナ州における19世紀奴隷制時代の米国の状況と、そこで生きたモンクの曽祖父から物語を始め、セロニアス・モンクという姓名の由来、少年時代からの逸話、伝聞、発言等を整理し、そこにモンクの演奏記録、また当時の様々なレビュー等を引用した上で、それぞれの情報を徹底的に検証している。そしてその作業から得られた「事実」として確度の高い情報を、いわばジグソーパズルのように時系列に沿って丹念に配置してゆくことによってモンクの実像に迫ろうとしている。

したがって、物語の途上では米国黒人史で起きた悲惨な事件や政治的事例が数多く挿入されている。モンク自身は、共感するところはあったにしても政治活動には直接関与しなかった純粋な音楽家だったことが本書からわかるが、日本人が知らない、あるいはよく理解していない、そうした歴史的背景とジャズという音楽は不可分なのだという思想はもちろん理解できる。実際モンクを始め、多くのジャズ・ミュージシャンが警察の暴力の被害に会っており、そして近年のアメリカにおける、一世紀前と変わらぬ警察による黒人への暴力事件の報道を見聞きすると、残念ながら本書に書かれているエピソードが一層リアリティを増して感じられることも確かだ。数多いそれらの事例と、長期にわたって収集された膨大な資料に拠る克明な記述とが相まって、結果的に原著は長大な本となった。

しかし著者は、敢えてそうした手法を取り入れることで、これまでのジャズ評論やジャズ個人史の問題でもあった主観とイメージ(想像、時に妄想)、間接情報中心の記述をできるだけ排し、より客観的な視点で事実を積み上げることによってリアルなモンク像を描くことに挑戦している。「リー・コニッツ」の著者アンディ・.ハミルトンの場合は、存命の人物への直接インタビューによって、コニッツの演奏思想、哲学とジャズ即興演奏の本質を明らかにしようというアプローチだったが、両著者ともに曖昧な間接情報と脚色を排し、事実に重きを置くという点でまったく同じ姿勢だと言える(二人とも大学教授という共通の職業柄もある)。その点が、ジャズ・ミュージシャンの伝記として本書がアメリカで数々の賞を受賞し高く評価された理由の一つだろう。結果として非常に長い本となったが、細部の事実を含めてこれまで日本では知られていない情報も多く、何よりもジャズ好きであれば、1930年代以降のアメリカとモダン・ジャズ史を新たな視点で俯瞰するノンフィクション読み物としても非常に面白く読める。 

記録映画
<Straight No Chaser>
1988
おそらくモンク・ファンの多くは既に見ておられると思うが、本書中に出て来るドイツのブラックウッド兄弟が1967年に撮影したドキュメンタリー・フィルムを中心にして、1988年に再編集された傑作記録映画がある。それが「ストレート・ノー・チェイサー」(クリント・イーストウッド総指揮、シャーロット・ズワーリン監督――この人も女性である)で、あの 動くモンク“――ピアノを弾き(あるいはピアノにアタックし)、踊り、くるくるつま先立ちで回り、煙草を吸い(時にピアノや床を灰皿代わりにしながら)、話し、道を歩くモンクの姿が捉えられている。ネリー夫人も、ニカ男爵夫人も、息子トゥートも、マネージャーのハリー・コロンビーも、チャーリー・ラウズも、テオ・マセロも、その他本書に登場する多くの人たちの映像と肉声の記録もそこに残されている。そして1960年代後半のニューヨーク、アムステルダム・アベニューも、ヨーロッパ・ツアー中のモンク一行も、モンクが晩年のほとんどを過ごしたウィーホーケンのニカ邸内部のモンクの部屋とピアノ、そこから見えるハドソン川とマンハッタンの遠景、おまけに ”キャットハウス” ニカ邸の住人だった多数の猫たちも登場する。モンクが晩年を過ごし、最後を迎えたニカ邸で当時暮らしていたバリー・ハリスが、トミー・フラナガンとピアノ・デュオでモンクの曲を弾くシーンもある。そして最後に、正装で棺に納められたモンクの葬儀の模様も挿入されている。ジャズ・ファンにとっては幸福なことに、今やインターネット動画でさらに多くの動くモンクの映像記録も見ることができる。この本を読み、モンクのレコードや音源をあらためて聴き、さらにこれらの映像を見ることで、モダン・ジャズの歴史と、セロニアス・モンクという唯一無二の天才ジャズ音楽家を再発見する楽しみを、多くの人にぜひ味わっていただきたいと思う。

2017/02/25

モンク考 (3) 人間モンクの魅力と才

本書を読んで知ったもう一つの事実は、天才音楽家モンクの創造人生を現実面で支えていたのはほとんど周囲の人々、中でも女性たちであったということだ。とは言っても芸術家によくある話とか、他のジャズ・ミュージシャンたちの伝記に描かれているような乱れた女性関係の話ではない。モンクの‟ピュア“さを裏付けるように、母親バーバラ、妻ネリー、真のパトロンだったニカ男爵夫人の3人をはじめ、親族である義理の姉や妹、姪たち、さらにモンクにストライド・ピアノの基本を教えたアルバータ・シモンズ、モンクの友人でありメンターのような存在だったメアリ・ルー・ウィリアムズという二人のピアニスト、さらにモンクの売り出しに奔走したブルーノートのロレイン・ライオンもそうだ。母親とネリー夫人は別格としても、他の女性たち全員が、天才だが普通に考えれば変人で、厄介な人物モンクとその音楽を愛し、彼を無償の愛で支えている‟女神”のようだ。モンクには男女を問わず誰もが魅了される何かが当然あったのだろうが、とりわけ女神(Muse)たちから全人的に愛された人物だったのだと思う。‟普通の“ ジャズに見られる激しいジャズ的エモーション、無頼感、モダンなクールさなどとは異なり、複雑でモダンなのに純粋、無垢、素朴、ユーモアが、温かさと美しさと常に同居しているモンクの音楽が放つ不思議な魅力は、おそらくこのことと大いに関係があるのだろう。

<Thelonious Monk Quartet
with John Coltrane
at Carnegie Hall>
1957 Blue Note
この本には多くのジャズ・ミュージシャンやサイドマンたち、プロデューサー、クラブオーナーたちとモンクとの逸話が登場するが、彼らがどうモンクと音楽的、人間的に関わり、どうモンクの音楽を理解、吸収したのか、あるいは逆に反発したのか、ということが史実として興味深く描かれている。私が感じた本書の魅力の一つは、ハービー・ニコルズ、エルモ・ホープ、アート・ブレイキー、ソニー・ロリンズなどの登場人物との関係に見られるように、これまではレコードだけを通じて、自分の中でいわば点としてバラバラに存在していた当時のジャズ・ミュージシャンたちが、20世紀半ばのニューヨークを舞台にしたモンクの物語の中で、一つのコミュニティとしてリアルに繋がってゆくことだった。そして、そこで描かれるモンクの人間味もまた魅力的である。

とりわけ、モンクのヒーローだったデューク・エリントン、恩人コールマン・ホーキンズ、愛弟子のバド・パウエルたちとの交流は感動的だ。1950年代後半のジョン・コルトレーンとの交流も描かれており、二人の当時の素晴らしい共演記録も一部残されているが、録音数が限られているのは実に残念なことだ。幸い2005年に奇跡的に発見されたカーネギーホールでの実況録音(1957年)が、当時の二人の最良の演奏を記録している。高次の音楽的交感という意味から言えば、おそらくロリンズと並んでコルトレーンこそがモンクにとって最高のパートナーだっただろう。そしてモンクの薫陶が、その後のコルトレーンに与えた音楽的影響の大きさもジャズ史では周知のことである。マイルス・デイヴィスが自叙伝でも述べているモンクとの歴史的(?)口論は何度か出てくる。人柄はまったく正反対だが(もちろんモンクは優しい人間だ)、結局二人ともお山の大将同士だったのだろう。それに、片や裕福に育ち、田舎から出て来て一旗上げようという野心を持ったマイルスと、貧乏だが基本的にはニューヨークという都会育ちのモンク、という二人の経歴の違いも少なからず影響しているだろう。モンクの方が9歳年長だったが、どちらも生まれついてのリーダー的性格で、人物、音楽上の能力から見ても両雄相並び立たずということである。しかし音楽的コンセプトは違っていたかも知れないが、二人は間違いなく互いに敬意も抱いていただろう。特に天才肌のモンクの音楽性と創造力にはマイルスはかなわないと思っていただろうし、モンクはマイルスの知性と構想力、統率力には一目置いていただろう。コルトレーンとの共演と並び、1954年のクリスマス・イブ、プレスティッジの2枚のLPに残された二人の巨人の伝説の共演記録は人類の宝である。

<Miles Davis and
the Modern Jazz Giants>
1954 Prestige 
スティーヴ・レイシーとのやり取りをはじめとして、教師、指導者としてのモンクの有名な発言(名言)のいくつかも本書に出てくる。いずれもサイドマンや第三者にモンク流の音楽思想を伝えるものだが、どれもジャズの真理を突いた含蓄に富む言葉ばかりである。だがその指導法は、同じ時代にジャズ演奏教育のための学校を初めて作り、体系的、組織的に教えようとした白人のレニー・トリスターノの近代的手法とは対極にある超個人的手法だ。しかも譜面を見せずに、聞かせる音だけで自作曲のメロディを覚えさせるという徒弟制度並みの方法である。この場合、モンクが「ほとんど喋らない」というのもポイントだろう。教わる側はそれで否が応でも集中せざるを得ないからだ。それによって頭で理解するのではなく、フィーリングで体得することができる(するしかない)。リハーサルなしで、出たとこ勝負の即興演奏ができたのもそうした訓練があればこそだ。だがそもそもは、やはりこれがジャズ伝承の原点なのだと思う。

モンクの天才の一つが作曲の才だが、本書を読んでいてあらためて感じたのは、モンク作品のタイトルの素晴らしさだ。月並みなティン・パン・アレーや、無味乾燥のビバップの曲名とは違い、「ラウンド・ミドナイト」や「ルビー・マイ・ディア」のような有名曲はもちろんのこと、「エピストロフィー」、「ウェル・ユー・ニードント」、「ミステリオーソ」、「ストレート・ノー・チェイサー」、「ブリリアント・コーナーズ」、「アグリー・ビューティ」等々、どの曲名もジャズ・センスに溢れ、背後に意味と情景が感じられ、しかもメロディが即座に浮かんで来るほど曲のイメージと一体化している。モンクは音感とともに、実はこうした言語能力にも並々ならぬものを持っていたがゆえに、あの短いけれど本質を言い表した数々の名言を残してきたのだろう。

2017/02/24

モンク考 (2) モダン・ジャズ株式会社

1940年代半ばのビバップに始まるモダン・ジャズの歴史は、その盛衰においてアメリカという国の歴史と見事にシンクロしている。そしてそのビバップは、チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーが創造したというジャズ史の通説への反証が、自身の評価の低さを嘆くモンクの心情を取り上げた本書中で幾度も繰り返されている。ビバップ時代に、その音楽の真の創始者は常に時代の先を行くモンクである、とブルーノート・レーベルが主導したモンク再評価キャンペーンが不発に終わった後、キャバレーカードの没収という不運も重なり、1957年夏のジョン・コルトレーンとの「ファイブ・スポット」出演に至るまで、およそ10年にわたってモンクは不遇なミュージシャン生活を余儀なくされた。
Charie Parker, Dizzy Gillespie
<bird and diz>
1949/50 Verve

「自由」を別の言い方で表せば、モンクの音楽の本質とは「反システム」であったとも言えるだろう。ガレスピーとパーカーが創造したと言われ、その後モダン・ジャズの本流となるコード進行に基づく「即興演奏のシステム化」の対極にあったのが、「個人の想像力と独創性」に依存し、コードの約束事による束縛を嫌い、即興の即時性、自由なリズム、そしてメロディを愛し続けたモンクの音楽である。システムとは、多数の人間が吸収し取り入れることのできる汎用性を備えたものであり、習得効率と商業性の高さという近代世界、特にアメリカにおける市場原理に適合した合理性が求められるものだ。むしろ、アメリカという国家とその文化を実際に形成してきたのはそうしたシステム的思考である。それに対し、個人の創造力とは代替のきかないものであり、コピーのできないものであり、誰もが手に入れることができるわけではない、非合理的、非効率なものである。この独創的個人と汎用システムという対置は、芸術の世界であれ、実業の世界であれ、少数の天才や独創的人物が創り出したものが、多数の普通の人々によって徐々に理解され、咀嚼され、コピーされ、大衆化してゆく、という人間社会に共通の普遍的構造を表しているとも言える。半世紀前と現代との違いは、その拡散速度の圧倒的な差だけだ。(コピー全盛の現代にあっては、もはやどれがオリジナルなのか見分けがつかないほどだが)。

Thelonious Monk
<Genius of Modern Music Vol.1>
1947 Blue Note
この本の中で語られる、「モンクはものを作る人間で、それを売り出したのはガレスピーだった」という「ミントンズ・プレイハウス」の店主だったテディ・ヒルの譬えを敷衍して、ビバップ創生の物語におけるモンク、ガレスピー、パーカー3人の役割を、現代の企業組織風に「モダン・ジャズ株式会社」として置き換えてみればわかりやすい。内部にひきこもって集中するモンクは、試行錯誤を繰り返してゼロから新しいモノやアイデアを生み出す「研究開発部門」であり、進取の気性があったガレスピーは、できた試作品を市場に広く効果的に知らしめ、出てきた顧客の要望を素早く察知して、それを改善する過程をシステム化してゆく「マーケティング部門」であり、圧倒的演奏能力を持ったパーカーは、製品やアイデアを先頭に立って顧客にわかりやすく、魅力的にプレゼンして売り歩く「営業部門」だったとでも言えるだろう。モンクが、自身の独創性と貢献に対する認証の低さと、(キャバレーカード問題による露出の少なさも理由となって)市場という前線に近い場所にいたガレスピーとパーカーが脚光を浴び、その二人だけが富と名声を得たという不運を何度も嘆くのも、こうして見ると、企業組織の持つ構造と役割、各部門で働く人たち個人の能力や深層心理と重なるものがあるようにも思える。

そう考えると、創業者たちの一世代後のリーダーだったマイルス・デイヴィス(モンクより9歳年下)は、こうしてでき上った会社の基盤の上に、新たな発想でクール、ハードバップ、モード、エレクトリックなどのジャズ新事業を次々に立ち上げていった「新事業開発部門」である。そして創業者の一人モンクが持っていた、ジャズの枠組みを突き破ろうとする本来の「自由な精神(前衛)」に立ち返り、スピンアウトして別会社である「反システム事業」に再挑戦したのがセシル・テイラーやオーネット・コールマン、さらに後期のジョン・コルトレーンに代表されるフリー・ジャズのミュージシャンたちだった、と言えるかも知れない。そしてアメリカ経済と社会の変化と軌を一にした、1940年代から70年代にかけての「モダン・ジャズ株式会社」の創業から繁栄、衰退に至る約30年の歴史も、まるで会社の寿命を見ているかのようである。そしてジャズマンとしては比較的長生きだったモンクは(1976年引退、1982年64歳で没)、まさにその会社と同じ人生を生き、運命を共にしている。もちろん、音楽の世界をこれほど単純に図式化できないことは言うまでもないのだが、本書のような物語は、巨人と言われるような天才ジャズ音楽家が送った人生にも、才能だけではない、いつの時代の、どんな人間にも共通する宿命的な何かがあったのかも知れない、と凡人が想像を巡らす楽しみを与えてくれるのだ。

2017/02/23

モンク考 (1) モンクの音楽の背景にあるもの 

セロニアス・モンクは大好きな人もいれば、嫌いな人もいるという個性的なジャズ音楽家だ。そこは個人の好みや感覚という問題もあるので何とも言えないが、私のようなモンク好きな人間にとっては、やはりその音楽の背景についてもっと知ってみたい、という興味が尽きない不思議な魅力がある。私はリー・コニッツが好きで、音楽的には真反対に見えるようなモンクも好き、というやや変則的な好み(?)があって、その理由については自分でもよく説明できないでいた。しかしロビン・D・G・ケリーの「Thelonious MonkThe Life and Times of an American Original」を読み(翻訳し)ながら、モンクのCDをずっと聴いているうちに、これまではっきりとわからなかったモンク像がおぼろげながら見えてきて、そこから考えたことがいくつかあるので、ここに「モンク考」としてその一部を書いてみたい。(私的感想文です)
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<5 by Monk by 5>
1959 Riverside
この本を読み終わって私がまず思い浮かべたのは、なぜか「おもしろうて やがて悲しき 鵜舟(うぶね)かな」という芭蕉の有名な句であった。宴の後に漂う寂寥感と、天才ジャズマンの人生を知った後の感慨が同じものだと言うつもりはないが、著者も述べているように、モンクの物語はまさに読んでいて疲れるのだが、一方で確かにわくわくするようなスリルもあり、どこかおかしくもあり、また美しくもあり、しかし哀しくもある。世の中の認証を求めて苦闘し、警察による精神的、肉体的暴力に耐え、愛する家族のためにあくせくギグに出演し、ロードに出かけ、生活と創造活動に疲れ、酒とドラッグで癒し、精神を病んだ天才にしかわからない心象風景は、やはり美しく、また哀しいものでもあったのだろう。当然ながら、モンクの音楽世界もそれは同じだ。聴く者をハッピーにさせるあの骨太で、ユーモアがあり、何物にも捉われない自由と開放感こそモンクの音楽の身上だが、同時に、奇妙に響くコードや複雑に躍動するリズム、その上に乗った不思議に美しいメロディからは、べたつきのないメランコリーと、そこはかとないノスタルジーがいつも聞こえてくるのである。

この本で著者が描こうとした主題は「自由」と「独創」である。モンクも、そしてモダン・ジャズの本質もまたそこにある。制度であれ、規則であれ、慣習であれ、自らを束縛する約束事から解放されたいと希求する魂がモダン・ジャズを生み、モンクはまさにそれを体現した音楽家だった。モンクの音楽を聞いていると、なぜ自由になった気がするのか、なぜ精神が軽く解き放たれたように感じるのか、よく説明できないものの長年そう感じてきたが、楽理分析を超えた、その謎の源と思われるものが本書で描かれている。その典型例が、フランク・ロンドン・ブラウンという作家が触発されて小説「The Myth-Maker」を書いたとされる、モンクの曲〈ジャッキーイング(Jackie-ing)〉だ。1959年のアルバム「5 by Monk by 5(Riverside) 冒頭の1曲で、モンクのカルテットにサド・ジョーンズが客演したこの曲の初演だが、モンク的自由が溢れ、躍動感に満ちた名演であり、各ソロも素晴らしいが特に背後でコンピングするモンクのピアノは最高だ。

またよく知られているように、チャーリー・パーカーやバド・パウエルのエピゴーネンは数多く、本流としてのモダン・ジャズはある意味そのコピーの連鎖で出来上がったような音楽である。しかしモンクにはそうしたプレイヤーはほとんどいなかった。音楽思想の独自性は理解されても、モンクの音楽そのものがあまりにも「個性的」、「独創的」で、コピーしようがなかったからだ。その点で、モンクはリー・コニッツとよく似ている。コニッツとモンクは、白人と黒人、ホーン奏者とピアニスト兼作曲家という違いがあり、またそのジャズ観、生き方、音楽のスタイルともに両極にあるほどの違いがあるかに見える。しかしただ一つ、「誰にも似ていない、誰にも真似できない」固有の声(voice)を持っているという点で、二人にはジャズ音楽家として共通の資質と精神があるのだ。両者ともに、1フレーズを聞いただけでコニッツであり、モンクだとわかるほどサウンドの個性が際立っている。そして、その音楽が時流に媚びず、深く個人に根ざしているがゆえに、いつまでも古びることのない普遍性を持っている。コード進行に縛られず、曲のメロディに基づく自由な即興演奏にこそ価値があるという強固な音楽的思想と信念を持ち、妥協することなく自らの音楽を追求したことで、時に周囲から理解、評価されにくい異端の人だったという点も同じである。この二人の独創的音楽家の一番の違いは、当然ながらモダン・ジャズ本流に与えた音楽的影響の大きさだ。トリスターノ派のコニッツが、白人の非主流派としてマイナーな存在、芸術指向の強い孤高の位置に留まり続けてきたのと対照的に、ブルースやストライド・ピアノというジャズの伝統を背負った黒人モンクは、生涯にわたってショービジネスの世界に生き、異端ではあったが最初から常にジャズの本流にいて、その独創性はジャズという音楽と、同時代はもちろん、その後に続く世代のジャズ・ミュージシャンたちに深くかつ目に見えない影響を与え続けた。

そうしたジャズ界への影響力と音楽的スケールも含めて、モンクこそまさに「群盲、象を撫でる」がごとき芸術家であり、ジャズというジャンルを超えた音楽家だった。様々な分析が試みられてきたが、誰もモンクの音楽の全体像を「正しく」表現できない。いくら言葉を並べても、パトロンだったニカ男爵夫人が書いたように、「それは不遜であり、意味のないこと」なのだろう。この本の中でも、モンクを愛する人たちが、モンクの素晴らしさを様々な表現で形容しているが、私がいちばん気に入ったのは、アーティストにして批評家ポール・ベーコンの、「元気がいいが、やり方は無茶苦茶で……だが出来上がってみると世界のどこにもないような美しい家を建てる」名うての大工の譬えだ。「モンクは "独創的でしかいられない"人間なのだ」というニカ夫人の表現も、まさにモンクの本質を突いている。モンクの最高傑作「Brilliant Corners(1957 Riverside)は、不遇だったモンクの独創性がようやくジャズ界の公式な認証を得て、そのジャズマン人生もようやく開花した記念すべきアルバムである。
<Brilliant Corners>
1957 Riverside

本書で描かれた生き方から、モンクはとにかく束縛されることが大嫌いな人間だったことがわかる。あらゆる規則や約束事に縛られることを嫌い、何ものにも捉われないのがモンクであった。1960年代の公民権闘争の時代、政治的に共感することがあってもマックス・ローチやチャールズ・ミンガスとは違い、直接的政治行動に関わったり、集団や組織の一部として行動することを徹底して嫌い、多くの慈善興業やギグに出演しても常に個人として単独で行動している。その姿勢は宗教に関しても同じである。音楽上も、共演相手が誰であろうと、常に自分の音楽を演奏していた。モンクの音楽とは本質的に「自由」を表現したものだ、という冒頭の著者の指摘も、米国黒人史における政治的自由に加え、人生でも音楽でも、個人としての自由を常に求め続けたモンクの資質を意味している。

2017/02/19

セロニアス・モンク生誕100年

リー・コニッツ(Lee Konitz 1926 -)と並んで、私の好きなもう一人のジャズ・ミュージシャンがセロニアス・モンク(Thelonious Monk 1917-1982)である。

今年2017年はモンク生誕100年にあたる。ということは、モンクが生きていれば100歳ということになり、日本流に言えば大正6年生まれで、日本の団塊世代の父親の世代の人だ。日本でもそうだが、この時代の父親(あるいは祖父)の世代には実業家でも芸術家でも、今では考えられないような破天荒な人生を送った人が多い。モンクも天才の例に漏れず奇人、変人というレッテルを貼られ、モダン・ジャズの源となったビバップに多大な音楽的貢献をしたにもかかわらず、チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーだけが脚光を浴び、その真価が長い間認められず苦労の多い人生を送った。モンクの音楽と人生はあまりに個性的、独創的であるがために、多くの謎と伝説に満ちており、これまでその「実像」はアメリカ国内でさえ正確に理解されていたとは言い難かった。そのセロニアス・モンクの実像を描くことに初めて挑戦したのが、ロビン・ケリー氏(Robin.D.G.Kelley UCLA教授 米国史)が2009年に発表した「Thelonious Monk: The Life and Times of an American Original」で、独創的ジャズ音楽家セロニアス・モンクの誕生から死に至る生涯と音楽を、著者が14年間にわたる緻密な調査と分析に基づいて描いたノンフィクションの物語である。2009年の初版以降、ジャズと米国黒人史の関係を密接に描き、モンクにまつわる数々の謎や伝説の背景を初めて明らかにした書籍としてアメリカでは大きな反響を呼び、また高い評価を得てきた。

https://www.amazon.co.jp/Thelonious-Monk-Times-American-Original/dp/1439190461
著者は19世紀奴隷制時代のモンクの曽祖父まで遡って物語を始め、人種差別問題を軸にした米国の社会・政治史をモンクの個人史と併行して描くことによって、人間モンクとその音楽世界だけでなく、背景にあった米国固有の社会との関連も探ろうとしている。そして、そこからモンクの音楽的独創性の根幹を明らかにしようと試み、またモンクがモダン・ジャズ形成史において果たした役割と貢献、さらに独創的な人物や天才だけが抱える人間的苦悩も同時にあぶり出そうとしている。1982年のモンク没後、レコードや音楽分析を主体にした評伝や、音楽家モンクの断面を切り取ったすぐれた評論やエッセイもいくつか書かれているが、本書は伝説や逸話の単なる寄せ集めではない、多面的、社会学的手法で「人間モンクの実像」を描くことに挑戦した初めての本格的伝記であり、同時にアフリカ系アメリカ人の著者による初のモンク伝記でもある。

本書中で描かれているモンクを巡るエピソードや批評は、これまでも大筋として語られてきた有名な逸話や言説も多いが、モンク家から録音テープなど新資料の提供をはじめとする特別な協力を得るとともに、著者自身が新たに多くのインタビューを実施し、そこから事実として確度の高い情報を選択して取り上げている。特に息子のセロニアス・ジュニア(T.S・モンク)、姪や甥といったモンク家親族からの直接情報は、これまで活字では語られていないものがほとんどだ。それによって個人としてのモンクの人格や魅力、精神の病、様々な行動の裏側にあった人間味など、奇人や偶像化された謎の音楽家としてではなく、ひとりの人間としてのモンクを従来にない緻密さで生々しく描いている。さらにモンクの友人、マネージャーのハリー・コロンビー、大パトロンだったニカ男爵夫人、プロデューサー、クラブオーナーたちとの交流など、モンクを愛し、モンクを支え続けた人たちのことも詳細に語られている。

本書の舞台は、主として今から半世紀以上前、20世紀半ばのアメリカのジャズ界だ。チャーリー・パーカーやマイルス・デイヴィスを中心とした従来のモダン・ジャズ正史とは別の角度から光を当てることで、モンクという人物を通してこれまで見えなかったジャズ史の影のような部分が初めて明らかにされ、ジャズの世界の奥行きと陰翳が改めて浮き彫りにされている。読んでいると当時のアメリカとニューヨークの原風景、ジャズ・ミュージシャンたちの生活をはじめ、そうした時代の情景と香りが漂ってくるようだ。特にモンクとコールマン・ホーキンズ、バド・パウエル、エルモ・ホープ、ディジー・ガレスピー、マイルス、ロリンズ、コルトレーン他の主要ミュージシャンたちとの音楽的、人間的交流が、「ファイブ・スポット」他のニューヨークのジャズクラブを中心にした演奏活動と共にリアルに描かれていて、録音されたレコードを中心に築かれてきた日本におけるジャズの風景とまったく違うことに今更ながら気づかされる。

英語で600ページに及ぶ大作となった本書は、個人的には「マイルス・デイヴィス自叙伝」に匹敵する面白さがあると思うが、著者が歴史学者ということもあって、マイルス本にあるハッタリやテンション(邦訳にもよるだろうが)、「リー・コニッツ」のようなジャズ演奏思想的な深みはないものの、基本的には真面目で誠実な人柄だったモンクの人間味と、同じく真面目な著者のモンクへの深い愛情が、行間から滲み出て来るような良書である。

2017/02/17

リー・コニッツ ジャズ・インプロヴァイザーの軌跡

今更ですがブログを始めます。
第1稿はリー・コニッツに関する表題自著PRです。

リー・コニッツ  ジャズ・インプロヴァイザーの軌跡」(アンディ・ハミルトン著 2007 ミシガン大学出版局)という翻訳書を、DUBOOKS様より2015年10月に出版しました。私は「本書の翻訳者」ではありますが、同時に「原著の一読者」でもあります。原著の内容に感動したあまり、翻訳者としての経験がまったくないにもかかわらず、無謀にも、いわばボランティアで邦訳版を出版したいきさつがあります(DUBOOKS様の英断に感謝しています)。おそらく普通なら日本では日の目を見ることはなかった本書ですが、幸いなことに、出版後特にミュージシャンの方々から好意的な書評をいただいています。ジャズファンにとってさえあまり人気があるとは言えないコニッツが主人公で、内容もいささか敷居が高そうで、しかも大部のこの本の面白さをもっと多くの人たちに知っていただくには、多少の導入情報が必要ではないかと思い、ここで「原著の読者」としての立場で、ご参考までに本書について以下にレビューさせていただきます。この本は約5年という歳月をかけた対談形式による一種の自伝ですが、その美点は以下の3点です。

まず第1に、読み物として非常に面白いことです(邦訳がどこまでその面白さを伝えているか、自信はありませんが)。対話の中身は時に真面目、時におかしく、長い本ですが読者を飽きさせません。トリスターノ派の固いイメージはまったくなく、リー・コニッツの真面目ではあるけれど、飄々とした性格(たぶん)がよく出ています。時に他のミュージシャンの批判もしていますが、持ち前の人間性から、常にリスペクトを忘れず、また自らの信念、ジャズに対する愛情が根底に感じられるので、まったく嫌味がありません。

第2に、日本でこのようなジャズ本が出版されたことは未だかつてない、ということです(過去何十冊ものジャズ本を読んできた私がそう思うのですから間違いありません)。ジャズの歴史書でも、レコード紹介でも、個人の感想文でも、ジャズの聴き方の類でも、ジャズ理論や楽器の奏法教授でも、自伝と言う名の自慢話でも、未確認情報や逸話を寄せ集めた伝記の類でもありません。レニー・トリスターノやチャーリー・パーカーと同時代を生きた存命のジャズ巨匠が(今年10月で90歳です)、どのような思想でジャズという音楽に取り組み、即興演奏の本質とは何かを追求し続け、人生を賭して求めてきたものは何なのか、そうした奥の深い問題を、なんの脚色もなく淡々と、かつ明快に自分の言葉で語っています。そして哲学の徒、イギリス人のアンディ・ハミルトンが鋭く、しかしわかりやすい言葉で対話することによって、上手にコニッツの考えを引き出しています。併載されている39人のジャズ・ミュージシャン他によるコニッツを語るコメントも、それぞれ実に面白く興味深いです。そこからジャズの歴史も、ミュージシャンたちの思想も、ジャズ即興演奏の本質も浮かび上がって来ます。おそらく、このようなジャズの世界を日本人が書くのは残念ながら難しいでしょう。

第3に、皮肉にもアーティストという言葉がはびこってから「芸術」という言葉も死語になったような時代にあって、一貫して「芸術としてのジャズを追求する」というコニッツ独自の視点で書かれた本であるということです。だからと言って決して小難しい内容ではありません。ショービジネスと芸術、というコインの表裏のような関係は、他のポピュラー音楽にはない20世紀に生まれたジャズという音楽の持つ宿命です。あらゆるジャズ演奏家がこの問題と格闘してきたのだと思います。本書で語るコニッツの話は、純粋にこの音楽を突き詰めるとどうなるのか、という思想と生き方を示す一例です。それはジャズ創生期から今日まで、70年以上にわたってジャズ・ミュージシャンとして生き抜いてきた人物だからこそ語れる話です。

おそらく、本書にいちばん触発されるのは、ジャズに限らず「音楽の演奏」を志している人たちではないかと思いますが(事実そのような反応が多いです)、聴く人、それもジャズファンだけでなく、音楽を愛する人なら何かを感じ取れる言葉が全編に散りばめられています。むしろ、これまで何となくジャズや即興演奏というもののイメージを掴みかねてきた人が読んだら、目からうろこの話として聞ける部分がとても多いと思います。米国における黒人やユダヤ人という出自の問題、すなわちジャズとアイデンティティの関係などは、音楽が消費材のようになってしまった現代においても、「音楽を演る」、「音楽を聴く」ことの意味を根底から問い直したくなるほどです。

ちなみにジャズ好きな村上春樹氏が、この本の原著(Lee Konitz: Conversations on the Improviser’s Art)2007年に米国で出版された後、2011年に小澤征爾氏との対談本を出版しています(「小沢征爾さんと、音楽について話をする」)。ジャズがクラシック音楽に置き換えられていますが、対談によるスタイル、コンセプト、タイトルともに本書に触発されて書いたことは間違いないでしょう。ジャンルは違いますが、両書の対話で語られていることを比較してみるのも一興だと思います。